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所詮フィクションだから,でよいのか? [本]

ゴールデンスランバー (新潮文庫)
伊坂幸太郎著「ゴールデン・スランバー」

ひと月ほど前,AmazonのKindle本セールで購入した,伊坂幸太郎の「ゴールデン・スランバー」を読了。

ある日突然,身に覚えもない首相殺しの犯人に仕立て上げられてしまう男のお話。伊坂氏の本は「魔王」以来。「魔王」の感想でも書いたが,伊坂氏の作風というか文体には,やはり妙な違和感を感じる。この作品の場合,時系列が唐突に入れ替わるのがとても気になった。そのせいか,今ひとつ読む速度にスピードが乗らない。話としては,間違いなく面白いと思うのだが,これはもう相性というしかないだろう。

無実の罪を着せられた主人公の逃避行,と言ってしまうと,ありきたりではある。事件の黒幕と思われる政治権力の身勝手さと,その意向で動く警察権力の横暴さ,理不尽さ。そして,必ずしも真実を報道しているとは限らないマスコミ。現実の社会問題としては見過ごせないものだが,小説の題材としては特に目新しくもない。もうひとつキー・トピックは,国家による国民の行動監視,だろうか。確かに,最近の警察の動きを見ていると,いかにもそういうシステムを導入したくてウズウズしているようには見える。

ただ,残念なことに,この作品の世界は明らかにフィクションなのだ。ただの作り話というだけでなくて,社会システムの設定が虚構なのである。個人的には,そこが極めて残念。とても重大な社会問題を扱っているのに,話全体の現実感が損なわれてしまうのだ。読み終えた後の読者に,「所詮,フィクションだから」という印象を与えてしまいかねない。

勿論,ドキュメンタリーではないのだから,架空の設定を行うのは仕方がない。しかし,それは必要最小限に留めて欲しかった。選挙制度の仕組みを,現実と違うものにする必要が果たしてあったのだろうか。いくら特殊な状況だからといって,警察が街中で銃を乱射することがあり得るだろうか。そういう設定にする必要は何だったのだろう。セキュリティ・ポッドの設定も,行き過ぎなように思える。もう少し現実的なレベルに抑えられなかったのだろうか。ここまで個人情報を好き勝手に収集するシステムなんて,現実に導入される可能性を誰も信じないだろう。警鐘を鳴らしたかったのだと思うが,これでは逆効果である。

発表作品が常に話題になる人気作家なので,こういう問題提起をしてくれるのは,社会的に意義のあることだと思う。ただ,それが効果的に伝わらないとしたら,勿体ない気がしてならない。


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